モスクワとペテルブルグでドストエフスキー縁の地を訪ねてみよう! 

ドストエフスキー縁の地を訪ねて
モスクワとペテルブルクの博物館紹介

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ロシアの文豪ドストエフスキーは、昨今「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」の新訳が出版されたことから、日本でも注目が高まっています。

ドストエフスキーや彼の小説に関連した場所を訪ねてみたいと思う方も、多いでしょう。

今回は、モスクワとペテルブルクにあるドストエフスキー縁の場所をご紹介します。

ドストエフスキーの家博物館 in モスクワ
モスクワ中心部から北に3キロほどいったところにあるこの博物館は、ドストエフスキーが1821年に生まれ、16歳になるまで暮らしていたところです。

住所:УЛИЦА ДОСТОЕВСКОГО 2
最寄地下鉄駅:НОВОСЛОБОДСКАЯ

ドストエフスキーの父は医師であったため、一家は病院内の官舎に暮らしていました。
ドストエフスキーの家博物館にある病院の敷地内
ドストエフスキーの家博物館にある病院の敷地内

この病院は当時、貧しい人々が訪れる慈善病院でした。
質素な生活ぶりを伺うことができ、ドストエフスキーの精神形成に大きな影響を与えたといわれています。
質素なベッドルーム
質素なベッドルーム

ドストエフスキー文学記念博物館 in ペテルブルク

生まれてから16年間モスクワで過ごしたドストエフスキーは、17歳のときにペテルブルクの工兵学校へ入学、卒業後小説を書き始めます。その後流刑されたり、またペテルブルクへ戻ってきてからも、住まいを転々としていたドストエフスキーですが、晩年(1878年~1881年)に暮らしたアパートが、現在博物館として公開されています。

ドストエフスキー文学記念博物館
ドストエフスキー文学記念博物館

住所:КУЗНЕЧНЫЙ ПЕРЕУРОК 5/2
最寄地下鉄駅:ДОСТОЕВСКАЯ

何が展示されているか、見てみましょう。

ドストエフスキーのデスマスク
ドストエフスキーのデスマスク

ルーレット
ルーレット
これは、賭博をこよなく愛したドストエフスキーが使用したルーレット。

罪と罰の直筆原稿
罪と罰の直筆原稿

ドストエフスキーが暮らしたアパート


食堂
食堂

書斎
書斎

子供部屋
子供部屋

「罪と罰」の縁の場所
「罪と罰」は貧しい学生ラスコーニコフが、独自の哲学に基づいて金貸しの老婆を殺害。しかしその場に居合わせた妹までも殺してしまったことから、罪の意識に苛まされ、娼婦ソーニャとの出会いにより、自首を決意するという話です。

ラスコーリニコフのアパートのモデルとなった建物
ラスコーリニコフの住まいのモデルとなった場所

ドストエフスキーが「罪と罰」の執筆時に住んでいたアパート
ドストエフスキーが「罪と罰」の執筆時に住んでいたアパート

この二つは同じ通りにあり、今でも「ちょっと影のある」地区です。
ロマノフ王朝の華やかさとは全く異なる顔を持っているのも、
ペテルブルグの特徴です。下の2枚の写真で、周辺の様子が
おわかりいただけるでしょう。
その周辺1
その周辺2

そこから歩いて10分ほどのところにあるセンナヤ広場。ここでラスコーリニコフは自首することを決意します。
センナヤ広場
センナヤ広場

以前にもホテル・ドストエフスキーや、レヴァル・ホテル・ソーニャといったドストエフスキーにまつわるスポットをご紹介してきましたが、まだまだロシアにはこのようなところがあるようです。

日本の皆様に、今後も様々な「ドストエフスキー・スポット」を紹介していきたいと思います。

今年の夏は、モスクワ、ペテルブルグへ「文学散歩」にいらしてはいかがでしょう。

 

文豪縁の地を訪ねて、さらにロシア文学の奥深さを実感しました/ マリー /モスクワオフィス


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