サンクトペテルブルグ/ここは行かなくちゃ!「ユスーポフ宮殿」  

ユスーポフ宮殿 ~ロマノフ王朝の光と影
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サンクト・ペテルブルクのモイカ運河沿いに佇むユスーポフ宮殿は、ロマノフ王朝時代に繁栄を極めた由緒ある貴族、ユスーポフ家の邸宅です。ユスーポフ家は、当時最も裕福な公爵家といわれていました。

外観は意外にシンプル
外観は優雅でシンプル

18世紀後半に建設されたこの華麗な宮殿は、19世紀前半にユスーポフ公爵家のものになり、その富を象徴するかのように豪華絢爛な内装や調度品で設えられ、宮殿内には劇場までつくられました。

ここで毎晩のように晩餐会やコンサート、芝居が行われ、ペテルブルクきっての華やかな社交の場となっていたのです。
コンサートホール
宮殿内のコンサートホール

アラビア風のエキゾチックな部屋、ロココ調のインテリアで飾られた優美な部屋など、様々なスタイルのインテリアが楽しめるという点で、他のペテルブルクの宮殿より見ごたえがあります。また、事前予約が必要になりますが、宮殿でディナーやプチコンサートを楽しむこともできます。
エキゾチックなアラビア風の部屋
エキゾチックなアラビア風の部屋

階段の優雅なつくりに往時の繁栄が偲ばれる
階段の優雅なつくりに往時の繁栄が偲ばれる

ロココ調の部屋
ロココ調の部屋

ライブラリには、刻まれた歴史の香りが
ライブラリには、刻まれた歴史の香りが

また、この宮殿には見所がもうひとつあります。

それは20世紀初頭ロマノフ王朝末期に暗躍したラスプーチンという僧侶が暗殺された場所です。

当時、苦しい内政で崩壊の一歩手前にあったロマノフ王朝の皇室にとりいり、権力をふるったのがラスプーチンでした。シベリアからペテルブルクへやってきた僧侶ラスプーチンは、血友病を病んでいた皇太子アレクセイの傷を一瞬にして治したことから、皇帝ニコライ2世の信頼を得たのです。

結果として、日露戦争、第1次世界大戦に追い討ちをかけるかのように、国民生活・国状を圧迫していきます。

1916年、ロマノフ王朝の将来を憂えて皇帝ニコライ2世の臣下たちは、ラスプーチン暗殺を計画します。その内の一人が当時のこの宮殿の主であったフェリックス・ユスーポフ。この宮殿の地下室で12月ラスプーチンは暗殺されました。

当時の様子が再現された部屋を、現在見ることができます。

ラスプーチン暗殺の現場を再現した部屋
ラスプーチン暗殺の現場を再現した部屋

人形とわかっていても、何故か恐ろしい!
人形とわかっていても、何故か恐ろしい!

しかし彼らの願いも空しく、1917年にロシア革命が起こり、ロマノフ王朝は約400年の歴史の幕を閉じたのです。1917年にフェリックス・ユスーポフは、当時の多くの貴族たちのように、祖国を捨て亡命し、1968年パリにて死去。
一方残された宮殿は1925年にレニングラード市のものとなり、教育文化センターとして使われましたが、1990年に多目的歴史・文化センターになり、博物館として公開され、劇場での公演、コンサート、イベントなども行われるようになり、今に至ります。
宮殿内の劇場
宮殿内の劇場

このように現在、一般公開されているユスーポフ宮殿は、ロマノフ王朝の光と影の部分を見ることのできる貴重なスポットとして、最近注目されています。ペテルブルク観光の際に、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?

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レポート by マリー /モスクワオフィス


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