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ヤースナヤ・ポリャーナ/ 文豪トルストイの創作の源泉を訪ねて 

ヤースナヤ・ポリャーナ
文豪トルストイの創作の源泉を訪ねて


ロシアの文豪レフ・トルストイは、1828年9月に生まれ、1910年11月に死去。今年は没後100周年にあたります。

モスクワから約170キロ南に位置するこのヤースナヤ・ポリャーナという地はトルストイが生まれ育ち、生涯の大半を過ごした場所であり、世界的にも有名な「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」などの長編小説を実際に執筆したところです。

モスクワのクールスク駅から土日は特別列車「ヤースナヤ・ポリャーナ号」がでており、約3時間でヤースナヤ・ポリャーナに到着。駅から敷地までのバスがでています。
モスクワから車で行くと、約3時間です。

モスクワ南部は、土壌の豊かな土地が広がっており、その中でもトルストイ伯爵家が所有する、ここヤースナヤ・ポリャーナは屈指の豊饒の大地。
ヤースナヤ・ポリャーナは、「森に囲まれた明るい草原」と訳すことができます。

ヤースナヤ・ポリャーナ敷地内
ヤースナヤ・ポリャーナ敷地内

早くに両親と死に別れたトルストイは若干18歳でこの土地を相続、農民の意識改革を含めた新しい農業に取り組みますが失敗。その後ボヘミアンな生活を送った後、志願兵として従軍。クリミア戦争時には大活躍をします。この頃から小説執筆をはじめました。

敷地内の池
敷地内の池

退役後、ロシアの貴族社会、文壇ともソリが合わず、デラシネ(*注)根無し草。転じて、故郷や祖国から切り離された人)のようにヨーロッパを放浪。ヨーロッパにも居所を見つけることのできなかったトルストイは、失意の内にロシアへ戻り、1862年にソフィアと結婚。

以降このヤースナヤ・ポリャーナで、平和主義(非暴力主義)を基に、農民への教育を施したり、農地改革を、自らのユートピアを築いていきます。

敷地内を走る馬車
敷地内を走る馬車

そして「戦争と平和」と「アンナ・カレーニナ」という2大小説を発表。

作家として成功をおさめると、今度は俗世間とのしがらみや、自分の築き上げてきたユートピアの理想と現実のギャップに苦しみながら、その時々の自らの世界観を文章に遺していったトルストイの作品は、作家という領域を超え、「トルストイ哲学」として今もなお、多くの人を魅了してやみません。

トルストイは農民のように、農業に励み、獲れた農作物で生活をする、勤労的生活を理想としていました。

その生活ぶりはいたってシンプル。トルストイは、ロシア語の特徴を最大限に生かした非常に美しくシンプルな文章を書く人ですが、ヤースナヤ・ポリャーナも、余計なものをそぎ落とした、無駄のないトルストイの理想の生活空間が実現された場所です。

(*注*)根無し草。転じて、故郷や祖国から切り離された人

ヤースナヤ・ポリャーナ入り口
ヤースナヤ・ポリャーナ入口

敷地内とは思えない、広大な白樺の森とりんごの木、豊かな緑に溢れるこの場所で、トルストイは思索にふけりながら、散策していました。
白樺の並木道
白樺の並木道

りんごの木
たわわに実るりんごの木

トルストイの屋敷
トルストイの屋敷
トルストイの屋敷

残念ながら内部は撮影禁止です・・・。生前のトルストイが過ごしていたときとほぼ同じ状態で復元されています。
彼が実際に使っていた身の回りの物、家具、トルストイ一家の肖像画、そして2万点以上に及ぶ本が展示されていますが、驚くほど質素な邸宅です。

クズミンの屋敷
ここでは、現在トルストイ縁の品々が展示されています。家族の写真、直筆の原稿、衣装、家具など、大家族だったトルストイ家、そしてトルストイを訪ねてきた多くの作家、芸術家とのつながりをみることができます。

クズミンの屋敷
クズミンの屋敷



ヴォルコンスキーの家
現在は事務所として使用されています。

ヴォルコンスキーの家
ヴォルコンスキーの家

トルストイの墓
「復活」というロシア正教の教義に触れる作品を発表した後、1901年にロシア正教を破門されたトルストイは、死後このヤースナヤ・ポリャーナに埋葬されました。十字架のない非常に質素な、トルストイの生き様をあらわすかのようなお墓です。

トルストイのお墓
森の中にひっそりと。トルストイのお墓
森の中にひっそりと在るトルストイのお墓

ヤースナヤ・ポリャーナ駅博物館(敷地外)
 
今年11月の没後100周年記念に向けて、現在改装中です。
ヤースナヤ・ポリャーナ駅は、以前コズロヴァ・ザセーカと呼ばれており、現在でも駅舎にはそちらの名前が書かれています。
ヤースナヤ・ポリャーナの駅博物館
ヤースナヤ・ポリャーナ駅博物館

駅博物館入り口
ヤースナヤ・ポリャーナ駅博物館入り口

コズロヴァ・ザセーカ駅のプラットフォーム
コズロヴァ・ザセーカ駅のプラットフォーム


敷地内にあるホテル
質素ですが、快適なホテル。ヤースナヤ・ポリャーナやトルストイのマグカップが各部屋に置かれているのがポイント。

ホテル外観
ホテル外観

トルストイのマグカップ
トルストイのマグカップ

ヤースナヤ・ポリャーナのマグカップ
ヤースナヤ・ポリャーナのマグカップ

どの部屋からも、ヤースナヤ・ポリャーナの豊かな自然を楽しむことができます。

部屋からの眺め
どのお部屋からも緑輝く森がみえます。

入口にある小さなカフェ

ヤースナヤ・ポリャーナは広大な敷地なので、ざっとまわるだけでも2時間はかかります。ここで腹ごしらえをしてから、見学に行きましょう。

入り口付近のカフェ
入り口付近のカフェ

カフェの内部

カフェの内部
カフェの内部

meal1.jpg

meal2.jpg
野菜サラダや子牛のメダリオン
なかなか良い味でした!


お土産屋
ヤースナヤ・ポリャーナの風景を描いた作品や、マグネットやマグカップをはじめ、トルストイ関連のユニークなお土産があります。

お土産屋

ヤースナヤ・ポリャーナはトゥーラ州にあり、トゥーラ州はプリャー二キという蜂蜜パンの有名な産地です。ここでもたくさんのプリャー二キを買えます。

プリャー二キの露店
プリャー二キの露店
いろいろな種類が並んでいます。
甘くて美味しいですよ!


数々の大作を生み出したトルストイの創作の源泉をみてみたいという方は、ぜひヤースナヤ・ポリャーナへ足を運ぶことをお勧めします。

 

緑輝くヤースナヤ・ポリャーナで、トルストイの創作の源を垣間見れた気がします/ マリー/モスクワオフィス



01.gifモスクワというヨーロッパ屈指の大都会から数時間、そこは全く別の世界が広がっています。ロシアの自然と、文豪の片鱗に触れる旅、ぜひご企画ください。モスクワ、ヤースナヤ・ポリャーナへの個人旅行の手配はネットトラベルサービスにお任せくださいスマイリー




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モスクワ近郊のお勧め観光地/メーリホヴォ/作家チェーホフが愛した地 

メーリホヴォ
作家チェーホフがこよなく愛した地を訪ねて

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アントン・チェーホフ(1860年~1904年)といえば、トルストイ、ドストエフスキーについで日本では知られているロシアの作家です。

わずか44年という短い生涯の間に、戯曲・短編を中心に多くの名作を世に送り出しました。

その中でも、誰もが一度はきいたことがある「かもめ」という戯曲をチェーホフが執筆したのが、ここメーリホヴォです。

メーリホヴォはモスクワの南東70 kmに位置する村。モスクワから車で1時間半のところ、クールスク駅から郊外列車で1時間半、そこからバスで30分ほどいったところにあります。

チェーホフはモスクワ大学医学部卒の医師でしたが、1880年代から短編や戯曲を発表。2足のわらじをはく生活を送っていました。

持病の結核が悪化し、1892年美しい自然に囲まれた、メーリホヴォに居を構えたのです。

敷地は70万坪以上の広さで、屋敷や庭だけでなく、池や果樹園や畑などもあり、まるでひとつの村のようです。

エントランス
メーリホヴォのエントランス

花々の咲き誇る庭
花々の咲き誇る庭

家母屋
チェーホフ一家が暮らした家で、書斎や寝室、縁の人々の写真などが展示されています。
どの部屋からも、美しい花々が咲き誇る庭を眺めることができます。
母屋
母屋

書斎
書斎

チェーホフの使用していた机
チェーホフの使用していた机

チェーホフの寝室
チェーホフの寝室

ダイニング
ダイニング

ケトルキッチンハウス
当初、母屋の中につくられたキッチンの匂いが邪魔だと思ったチェーホフが、隣にキッチンハウスを建てました。
キッチンハウスと井戸
キッチンハウスと井戸

外には井戸があり、中にはペチカがあります。ペチカとは、ロシアの農家の暖炉ですが、ここがキッチンとしても使用され、上では寝ることもできた、非常に便利なものです。
ペチカ
ペチカ

サモワールはロシアの伝統的な湯沸かし器。
サモワール
湯沸かし器サモワールも、素敵なインテリアの一部

もうひとつの部屋は、料理人が実際に住んでいたところです。
キッチンハウスの居間
キッチンハウスの居間には、料理人が実際に住んでいた

注射Y診療所
チェーホフは、この地でも医師として地元の人たちを診ていました。
医師チェーホフの姿を回想できる貴重な場所です。
診療所
診療所

診察室のチェーホフの机
診察室のチェーホフの机

絵文字名を入力してください 「かもめ」の書かれた家
この地はチェーホフに多くのインスピレーションをもらたし、精力的に創作活動に励んだ地。
チェーホフは、この時期(1892-1899年頃)にかけて20以上の作品を発表しています。

現在は内部の見学はできませんが、「かもめ」の主人公コースチャが今にも飛び出してきそうな雰囲気。
「かもめ」が執筆された家
「かもめ」が執筆された家

本本 
19世紀末のロシアの田舎を舞台にしたこの作品の主人公コースチャは作家志望の青年で、当時主流だったリアリズム文学に反旗を翻し、シンボリックな文章を書いてみたりと、新しい文学を志す青年です。非常に繊細な心の持ち主で、自分の感情をコントロールすることができず、作中でもかなり突飛な行動を起こします。

ふるーつ☆Cultivation・りんごりんごの木
敷地内には、多くのりんごの木があります。籠一杯入ったりんごが、道端に置かれていて、食べることができます。
りんごの木
敷地内にはたくさんのりんごの木が・・・

チェーホフは、ロシアの底知れぬ懐の深さ、大自然をこよなく愛しつつもも、そのロシアが抱える厳しい現実を鋭く見つめ、それを作品の中で淡々と綴りました。

理想郷ともいえるこの美しいメーリホヴォにいたからこそ、医師でありながら不治の病と戦い続ける自分の運命をはじめ、世の中の不条理な現実をよりはっきりと捉えることができたのでしょう。

愛の小道(?)と呼ばれているそうです
愛の小道(?)と呼ばれているそうです

そんな思いに耽りながら、メーリホヴォを歩いてみるとき、チェーホフを通して、新たなロシアを発見できるのかもしれません。

モスクワから日帰りでいけるメーリホヴォ。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

 

メーリホヴォでチェーホフとロシアに思いを馳せた人/ マリー (モスクワオフィス)


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グジェリ-ロシアの名産陶器をめぐる旅 

ロシアの人々に愛されてきた陶器-グジェリ
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ロシアの陶器といえば、インペリアル・ポーセランという名で知られるペテルブルグの「ロモノーソフ」と、モスクワ近郊の町から生まれた「グジェリ」があります。

白地に青色で様々な模様がペインティングされたグジェリ焼は、食器類から花瓶、飾り物に至るまで、種々の品がつくられ、ロシアの人々に愛されてきました。
食卓を彩るグジェリ
白地に青が爽やかで美しいグジェリ焼きの食器

今では、外国からのツーリストにも人気のお土産のひとつとなっています。

今回は、グジェリ焼の生まれた町「グジェリ」にある工房をご紹介します。
入り口
グジェリ工房のエントランス

グジェリは、モスクワ南東70kmに位置する小さな村。モスクワから車で約1時間半走ると、ところどころに、グジェリ焼の陶器を外に並べた、小さなショップがみえてきます。
露店に並ぶグジェリ焼き
露店に並ぶグジェリ焼き

グジェリ村は小さな村ですが、いくつもの工房が立ち並ぶ、陶器の一大産地。

グジェリという名が、歴史に登場したのは14世紀。
陶器に適した粘土が長年にわたりこの地に堆積してきました。
それを使って窯でシンプルな陶器をつくったのがグジェリ焼のはじまりと言われています。

その後ロマノフ王朝時代に、外国文化の流入もあり、グジェリ焼は飛躍的に発展、色とりどりの、様々なフォームの陶器が作られるようになりました。
19世紀初めには25もの工房があったそうです。

1917年のロシア革命後は、すべての工房は国有化され、正式にグジェリ村と名づけられれ、1930-40年代には、ロシア全土の陶器の約半分がこの地で生産されました。

現在、グジェリ焼の象徴ともいえる白と青の組み合わせは戦後定着したものです。
グジェリ焼が、青色のペインティングでなされるのは、第2次世界大戦で、手に入る顔料の種類が少なくなり、次第に青ばかりになっていたということの他、やはり青が一番美しくこの陶器の「白」に映えるからだそうです。

今でも何十人という職人たちが働いているこの工房では、次々に新しい作品がつくられています。

一部の食器類は機械生産されていますが、今でもほとんどが手作業。
工房では、その作業の流れを見学することができます。

[数字]青い四角2枚-1 †SbWebs†デザイナーたちのスケッチに従って,模りの職人が、石膏を削り、その型に粘土を含んだ水を流し込みます。

石膏を削り彫り
粘土を含む水を型に流す
 石膏を削り模り 粘土を含む水を流し込む


[数字]青い四角2枚-2 †SbWebs†固まる前に手でフォームを整えます。
固まる前にフォームを整える

[数字]青い四角2枚-3 †SbWebs†窯で焼き、ひび割れがないかをチェック。合格したものに、グジェリのスタンプが押されます。

[数字]青い四角2枚-4 †SbWebs†コバルトブルーの顔料を使い、絵付け師がペインティング開始。
絵付師によるペインティング

[数字]青い四角2枚-5 †SbWebs†ペインティングの後、釉(うわぐすり)をつけ
釉(うわぐすり)をつけて

[数字]青い四角2枚-6 †SbWebs†再び窯で焼き、完成!

本焼きをして完成

グジェリ焼の工房を見学した後は、工房内にある博物館に展示されている数々のグジェリ焼を鑑賞。

お皿、ティーカップ、スプーン、お盆など種々の食器の他、チェスのグジェリ、そして様々な小物が、これまでにつくられてきました。。種類は500以上といわれるほど。
ブルーがキレイ
ブルーがキレイなティーセット

グジェリのサモワール
グジェリのサモワール

チェス盤もある!
グジェリ焼きのチェスもあります!

ひとつひとつの陶器に、職人たちのオリジナリティーが伺えます。

私のお気に入りは、ロシアの民話を題材にした絵が書かれているもの。
ロシアのフォークロア・テイスト
フォークロア・テイストのグジェリ

工房の直売店で、それらの作品を買うことができます。品質も良く、値段も安め。
品定めをしているうちに、あっという間に時間がすぎてしまいます。
ショップにはグジェリがた~くさん!
ショップには目移りするほど、グジェリがた~くさん!

工房と博物館見学で約2時間弱、また粘土から作品の土台となるフォームをつくったり、絵付けをする体験コースもあります。事前に予約をすれば、軽食もいただけるというサービス付!(1名様からでも手配可能です!)

このように、丸1日「グジェリ」な日を過ごしてみるのも、貴重なモスクワ滞在の思い出になることでしょう。

 

グジェリな1日を過ごした人:マリー/モスクワオフィス


01.gifさあ、秋のロシアに出かけましょう!これからが、黄葉の美しい黄金の秋。モスクワ、サンクトペテルブルグへの個人旅行手配はネットトラベルサービスにお任せください紅葉したモミジバフウの葉03(白い背景付き) †SbWebs†

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