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冬のロシアへ行こう!銀世界のスーズダリ・ウラジーミル 

幻想的な白銀の世界へ 
冬のスーズダリ・ウラジーミル

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ロシアの冬というと皆さんは、おそらく「寒い、暗い」というイメージを思い浮かべるでしょう。

たしかに、北国ロシアの寒さは半端ではなく、日照時間も短いので暗いです。
凍てつく寒さに、凍りつく雪、足早に通りを行く人々・・・。

でも、冬のロシアは、ネガティヴな面ばかりではありません。
街中を出て、少し郊外にいくと、眼前に広がるのは限りなく美しい銀世界。
眼前に広がる限りなく美しい銀世界
眼前に広がる限りなく美しい銀世界

おとぎ話や民話にでてくるような、真っ白な平原、森、小さな家・・・を実際に目にすることができます。

そんな幻想の世界を訪ねることのできる、冬のウラジーミル・スーズダリをご紹介しましょう。

ウラジーミル・スーズダリに代表される、モスクワ郊外の「黄金の環」と呼ばれる小さな街や村は、真のロシアの姿が残っているといわれる場所です。
スーズダリの冬
冬のスーズダリ

モスクワは、ロシア随一の大都会で、著しい経済発展とその富を集中的に得ている、ロシアでは異色の街。
一方、サンクト・ペテルブルクは300年前にヨーロッパの街を模して計画的・人工的につくられた街。

どちらの街でも真のロシアの姿をみることはできない、とロシア人は口を揃えて言います。

だから、真のロシア、「The Russia」をみたいのなら、黄金の環に行くべきだと彼らは私たちツーリストに勧めるのです。

果てしなく広がる平原に忽然と姿をあらわすスーズダリの町の、大自然をバックに点在する教会と家々がつくりだす景観から、言葉にはできないロシアの美しさ、豊かさ、懐の深さを感じることができます。

冬のその景観には、神秘的・幻想的な美しさが加わり、私たちツーリストがそれを目にするとき、あらたな感動を覚えるのです。
氷に閉ざされたカメンカ川とスーズダリの街全景
氷に閉ざされたカメンカ川とスーズダリの街全景

スーズダリの中心、商業広場は、冬でも行き交う人が耐えません。ポクロフスキー修道院も、雪に覆われ、
シメオノフスカヤ、スモレンスカヤ教会は冷気で澄み切った青空に聳えたち、聖なる門は、よりファンタジックに私たちの心を誘います。
冬でも人の往来の耐えない商業広場
冬でも人の往来の耐えない商業広場

ポクロフスキー修道院
ポクロフスキー修道院

シメオノフスカヤ・スモレンスカヤ教会
シメオノフスカヤ・スモレンスカヤ教会

聖なる門
聖なる門

スパソ・エフフィミエフ修道院の城壁も、いつもより強固な壁にみえます。スパソ・エフフィミエフ修道院の城壁
スパソ・エフフィミエフ修道院の城壁

ブルーに金の星が散りばめられた丸屋根が一層美しいクレムリンのラジジェストヴェンスキー聖堂。
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ラジジェストヴェンスキー聖堂

民家の屋根のつららも、装飾の一部のようできれいです。(:実際は危ないので、つららの下は歩かないでくださいねゆきだるま
民家の屋根のつらら
民家の屋根のつらら

またスーズダリから40キロ南西へいったところにあるウラジーミルでは、氷に閉ざされたクリャジマ川の彼方に、ウスペンスキー大聖堂が白銀とブルーに美しく輝き立っています。
クリャジマ川
クリャジマ川

ウスペンスキー大聖堂
ウスペンスキー大聖堂

こんな冬のウラジーミル・スーズダリへの旅。
ロシアに抱く幻想的なイメージをそのものを体験してみてはいかがでしょうか?

 

冬のスーズダリ・ウラジーミルに感動した人/ マリー /モスクワオフィス


01.gifこれぞロシア!冬のスーズダリ・ウラジーミルへの個人旅行手配はネットトラベルサービスにお任せください!スマイリー
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1千年の歴史ある古都-ヤロスラヴリ 

「黄金の環」最大の街ヤロスラヴリ
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モスクワ周辺に点在する古都群は「黄金の環」と呼ばれ、ロシア観光の人気スポットとなっていますが、その中でも最大の街がヤロスラヴリです。

モスクワからヤロスラヴリ街道を北に約260キロ、車で約5時間行ったところにあるヤロスラヴリ州の州都であり、ヴォルガ川沿いに位置するため、昔は交易の拠点として、そして現在は工業の盛んな街として、重要な役割を果たしてきました。

2010年に建都1千年を迎えるヤロスラヴリは、キエフのヤロスラフ公によってつくられた街で、モンゴルの支配・その後の動乱の時代・ロマノフ王朝時代・ソ連時代・そして現在に至るまで、この地域の一大商業都市として発展してきました。

今回は、このヤロスラヴリの見所を巡っていきましょう。


スパソ・プレオブラジェンスキー修道院
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スパソ・プレオブラジェンスキー修道院
スパソ・プレオブラジェンスキー修道院

この街の礎となったのが、12世紀に創設されたこの修道院です。堅固な壁で囲まれた要塞型の修道院で、かつては街の中枢機能がここにすべてありました。

「聖なる門」と呼ばれる入口からして、とにかく古い修道院であることがわかります。この門にも16世紀のものといわれるフレスコ画が残っています。

中心はスパソ・プレオブラジェンスキー聖堂。16世紀に建設されたものが今でも保存されており、とくに教会内部のフレスコ画は必見です。

また2008年11月現在修復中ですが、鐘楼も16世紀に建てられたもの。夏場は上まで上ることができ、ヤロスラヴリの街並とヴォルガ川を眺めることができます。

またこの修道院内の建物は、主にヤロスラヴリの歴史にまつわるものが展示されている施設となっています。

ヤロスラヴリのお土産をほとんど網羅している大きなお土産屋やオープン・カフェもありますので、ゆっくりと観光されることをお勧めします。


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ヤロスラヴリのシンボルである「熊」は、街の創設者ヤロスラフ公が、襲いかかってきた熊を打ち殺したという伝説から来ています。ヤロスラヴリのお土産には、必ず熊のマークが入っていますので、注目してください!
ボルガ川沿いの公園内にも熊の植え込みが
ボルガ川沿いの公園の植え込みにも熊の絵柄が

スパソ・プレオブラジェンスキー修道院内には、生きた熊が飼われています。なかなか拝見できる機会は少ないのですが、チャンスがあればぜひ見てみましょう!

預言者イリヤ教会
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予言者イリヤ教会
予言者イリヤ教会

ソヴィエツカヤ広場の中心にある美しいこの教会は、17世紀に街の商人によって建てられた教会です。白壁と緑の屋根のコントラストが非常に美しく、遠くからでも目につきます。有名なのは、建設当初から一度も手を加えていないという教会内部のフレスコ画。通常教会内のフレスコ画は、聖書を読めない人々のために、聖書の物語が描かれていますが、ここのフレスコ画は当時のヤロスラヴリの人たちの日常生活も描かれており、当時のこの地域の風土・生活を知る上での重要な手がかりとなっています。

“音楽と時間”博物館
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預言者イリヤ教会から歩いて5分ほどのヴォルガ川のほとりに、かわいらしい建物があります。それが“音楽と時間” 博物館。プライベートの博物館ですが、その名の通り、種々の楽器と古時計が展示されています。ベルやオルガンなどのアンティークの楽器、ところせましと飾られた古時計・・・一瞬にして私たちをノスタルジックな気分にさせてくれます。お土産・カフェも併設していますので、「時」を忘れてゆっくり過ごされてはいかがでしょうか?
「音楽と時間」博物館でノスタルジックな気分に
「音楽と時間」博物館でノスタルジックな気分に

雄大なヴォルガ川
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ヤロスラヴリのシンボルは熊の他に「ヴォルガ川」があげられるでしょう。ヴォルガ川なくして、この街の発展はありえませんでした。今も昔も物流、そして工業が盛んなのは、このヴォルガ川があったからです。現在では、ロシアのみならず世界各国の大手メーカーがヤロスラヴリに注目しており、次々と工場建設がすすめられています。

私たちツーリストは、預言者イリヤ教会を背にヴォルジスカヤ塔を通りすぎて、ヴォルガ川とコータラス川の合流地点を目にするとき、そのあまりに雄大な光景に目をみはらずにはいられないでしょう。河口まで何百キロもあるにもかかわらず、川幅の広い二つの大河がゆっくりと合流する姿に、ロシアの広大さをあらためて感じます。
雄大なヴォルガにロシアの広大さを思う
雄大なヴォルガにロシアの広大さを思う

2010年に迎える建都1000年祭
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この街は「ヤロスラヴリ市街の歴史地区」としてユネスコ世界文化遺産に2005年に登録されています。もちろん以前から観光にも力を入れてきた街ですが、2010年に建都1000年を迎えるにあたり、ヤロスラヴリ州政府をあげての、ツーリスト誘致のための大規模なプロモーションが行われています。

街中には、ツーリストも立ち寄りやすいカフェやレストランがたくさんあり(もちろんマクドナルドもあります!)、個人でも非常に観光しやすいところです。

モスクワから250キロ以上離れた場所というと、かなり遠い気がしますが、実は、メジャーな観光スポットである「セルギエフ・ポサード」は、ヤロスラヴリ街道沿いに位置しており、モスクワから1泊2日でセルギエフ・ポサードとヤロスラヴリを観光することができます。また丸2日間をヤロスラヴリ街道観光にあてれば、同じ街道沿いにあるペレスラヴリやロストフ・ヴェリーキーに足を運ぶこともできます。どの街も何百年という歴史があり、それぞれに見所があります。

「黄金の環」には、定番のウラジーミル、スーズダリの他にも、魅力的な古都がたくさんあります。
2010年に建都1000年を迎えるヤロスラヴリ、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか?

モスクワ、ヤロスラヴリへの個人旅行手配はネットトラベルサービスにて承ります

レポート by マリー /モスクワオフィス



コロムナ-モスクワから日帰りで行ける「黄金の環」 

「クレムリン」のあるモスクワ郊外の小さな町~コロムナ
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モスクワ郊外には、歴史ある小さな町が点在し、黄金の環と呼ばれて親しまれている観光エリアがあります。黄金の環には、セルギエフ・ポサード、ウラジーミル、スーズダリなど日本でもおなじみの古都の他に、歴史ある小さな町が点在しています。

コロムナもその一つ。

今回は、簡単にコロムナをご紹介いたしましょう。
コロムナはモスクワの南部、リャザン方面へ110キロほどに位置し、モスクワから車で約3時間弱、列車でもモスクワのカザン駅から2時間強のところにある町です。
コロムナは、12世紀にリャザン公国の主要都市として台頭し、13世紀にモスクワ公国の支配下に入ってからは、モスクワの防衛都市として重要な機能を果たし、16世紀に堅固な要塞が築かれました。ロシア語で要塞は「クレムリン」と呼ばれます。モスクワにも有名なクレムリンがありますが、コロムナは、クレムリン内に人々が生活しているまさに本物の「要塞の町」だったのです。
18世紀ロマノフ王朝時代の安泰期に入ると、防衛都市としての役割を終え、徐々に衰退していきます。20世紀に入り、ロシア革命・第2次世界大戦の混乱により、要塞や町並が一部破壊されてしまいましたが、現在は修復され、ほぼ昔のままのクレムリンを見ることができます。

それでは、コロムナの見所を写真と共に、巡って行きましょう。
まず、クレムリンの外壁。要塞の基本は、外部からの攻撃の盾となる壁にあります。この要塞がつくられた当時はタタールの勢力が弱まり、ロシア国内は「戦国時代」、とても不安定な時期でした。まさにこの壁が、コロムナを守り続けてきたのです。

クレムリンの壁
コロムナを守り続けてきたクレムリンの壁

クレムリンの入口に聳え立つイオアンナ・バガスロヴァ教会。
イオアンナ・バガスロヴァ教会
イオアンナ・バガスロヴァ教会

クレムリンの敷地内は2つの修道院と7つの教会があります。
人々の祈りの場所である他、生活のすべてがここにありました。今でも教会内には、祈りをささげる信者の方がたくさんいます。
ブルセンスキー修道院
ブルセンスキー修道院

修道院に隣接する教会は、ロシア正教のシンボル、たまねぎ型の屋根を5ついただくウスペンスキー寺院。ヴォスクレセンスキー寺院です。

ウスペンスキー寺院
ウスペンスキー寺院

ヴォスクレセンスキー寺院
ヴォスクレセンスキー寺院

14世紀、タタールの支配が長く続く混乱の中、各地方に乱立していた大公たちをまとめてモスクワ大公がロシアの長であることをゆるぎないものにした、ドミトリー・ドンスコイの巨大な銅像
ドミトリー・ドンスコイの巨大な銅像
ドミトリー・ドンスコイの銅像

ピャトニツキエ門は、クレムリンで当時のままの姿で保存されている唯一の門です。
ピャトニツキエ門
ピャトニツキエ門

注目は、かつて要塞内に町のすべてがあった名残から、クレムリンの中に、今でも普通の家や学校があることです。
また、コロムナはオカ川とモスクワ川の合流地点にあるため、ロシアの広大な川と平原を一望できます。
日本人の感覚で「要塞」というと、ものものしいイメージがありますが、昔も今もコロムナは、この川のように、ゆっくりと時が流れているのです。
モスクワ川のゆったりとした流れを眺める
モスクワ川のゆったりとした流れに癒される

現在、町の人口約15万人。クレムリンから現在のコロムナの繁華街までは徒歩で行くことができ、そこにはマクドナルドやショッピングセンターなどもあり、ごく普通の地方都市の市民生活を垣間見ることができます。
雑然としたモスクワでの日常生活から、ほっと一息つける小古都を求めて、コロムナには普段から、ロシア人の観光客が多く訪れています。
モスクワから日帰りで行けるコロムナ。ぜひ足を伸ばして訪ねてみてはいかがでしょうか?

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レポート by マリー /モスクワオフィス



モスクワから日帰りで行ける黄金の環の町「コロムナ」 

クレムリン」のあるモスクワ郊外の小さな町~コロムナtsurupurple_20081104163813.gif

モスクワ郊外の「黄金の環」地域には、ウラジーミル、スーズダリなど日本でもおなじみの古都の他にも、歴史ある小さな町がたくさんあります。
コロムナもその一つ。
コロムナはモスクワの南部、リャザン方面へ110キロ程に位置し、モスクワから車で3時間弱、、列車でも、カザン駅から約2時間強 のところにある町です。
コロムナは、12世紀にリャザン公国の主要都市として台頭し、13世紀にモスクワ公国の支配下に入ってからは、モスクワの防衛都市として重要な機能を果たし、16世紀に堅固な要塞が築かれました。ロシア語で要塞は「クレムリン」と呼ばれます。モスクワにも有名なクレムリンがありますが、コロムナは、クレムリン内に人々が生活しているまさに本物の「要塞の町」だったのです。
18世紀ロマノフ王朝時代の安泰期に入ると、防衛都市としての役割を終え、徐々に衰退していきます。20世紀に入り、ロシア革命・第2次世界大戦の混乱により、要塞や町並が一部破壊されてしまいましたが、現在は修復され、ほぼ昔のままのクレムリンを見ることができます。
まず、クレムリンの外壁。要塞の基本は、外部からの攻撃の盾となる壁にあります。この要塞がつくられた当時はタタールの勢力が弱まり、ロシア国内は「戦国時代」、とても不安定な時期でした。まさにこの壁が、コロムナを守り続けてきたのです。
クレムリンの壁
コロムナを守り続けてきたクレムリンの壁

クレムリンの入口に聳え立つイオアンナ・バガスロヴァ教会。

イオアンナ・バガスロヴァ教会
イオアンナ・バガスロヴァ教会

クレムリンの敷地内は2つの修道院と7つの教会があります。
人々の祈りの場所である他、生活のすべてがここにありました。今でも教会内には、祈りをささげる信者の方がたくさんいます。この町の見所をご紹介いたします。

ブルセンスキー修道院。
ブルセンスキー修道院
ブルセンスキー修道院

修道院に隣接する教会、ロシア正教のシンボル、たまねぎ型の屋根を5ついただくウスペンスキー寺院と、ヴォスクレセンスキー寺院。
ウスペンスキー寺院
ウスペンスキー寺院

ヴォスクレセンスキー寺院
ヴォスクレセンスキー寺院

14世紀、タタールの支配が長く続く混乱の中、各地方に乱立していた大公たちをまとめてモスクワ大公がロシアの長であることをゆるぎないもにした、ドミトリー・ドンスコイの銅像。
ドミトリー・ドンスコイの巨大な銅像
ドミトリー・ドンスコイの巨大な銅像

ピャトニツキエ門。クレムリンで当時のままの姿で保存されている唯一の門。
ピャトニツキエ門
ピャトニツキエ門

注目は、かつて要塞内に町のすべてがあった名残から、クレムリンの中に、今でも普通の家や学校があることです。
また、コロムナはオカ川とモスクワ川の合流地点にあるため、ロシアの広大な川と平原を一望できます。
モスクワ川のゆったりとした流れを眺める
モスクワ川のゆったりとした流れを眺める


日本人の感覚で「要塞」というと、ものものしいイメージがありますが、昔も今もコロムナは、この川のように、ゆっくりと時が流れているのです。
現在、町の人口約15万人。クレムリンから現在のコロムナの繁華街までは徒歩で行くことができ、そこにはマクドナルドやショッピングセンターなどもあり、ごく普通の地方都市の市民生活を垣間見ることができます。
雑然としたモスクワでの日常生活から、ほっと一息つける小古都を求めて、コロムナには普段から、ロシア人の観光客が多く訪れています。
モスクワから日帰りで行けるコロムナ。ぜひ足を伸ばして訪ねてみてはいかがでしょうか?

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